ジャカルタ生活 慣れてしまった“トンデモ日常”3選

〜住んでみて初めてわかった、インドネシアと日本の価値観の違い〜

※2026年6月25日

ジャカルタで暮らしていると、最初は驚いたのに今ではすっかり見慣れてしまった光景がたくさんありる。そして不思議なことに、街だけでなく自分自身も少しずつ変わっていることに気づく。
今回は、在住者なら「あるある~!」、ジャカルタに来たことのない方なら「本当に!?」となるようなジャカルタの日常を3つご紹介。

インドネシア赴任前の心の準備にぜひ。

道を渡るアヒル vs 猛スピードのバイク

ジャカルタ市内では、街を歩いていると、え?と思うことが良くある。
特に交通の自由奔放さ。
いつでもどこでも好きな時に渡る。道を渡る。渡る。
かなりのスピードで行きかう車がいても、さっと手を挙げてスタスタスタ。

先日、アヒルの群れが道路を横断する光景も見かけました。
人もアヒルも車、バイクにはお構いなしに渡っていくのがジャカルタ。

道を渡るアヒルの群れにスピードの出ているバイクが突っ込んでいく様子。周りは誰も気にしないジャカルタの日常風景

しかも周囲を走る大量のバイク(この写真のバイクの後から何台ものバイクがここになだれ込んできます)は、止まるでもなく、かといって突っ込むでもなく、絶妙な距離感でかわしていく。
初めて見た日本人はだいたい息をのむはず。

なぜ成り立つのか?
ジャカルタの交通は、日本ほど「ルール優先」ではなく、「状況判断優先」で動いている面がある。
もちろん交通ルールはジャカルタにもある。ただし、実際にはその場その場で周囲の動きを見ながら流れていく感覚。
人も、アヒルもその流れの一部になっている。

なぜ日本人は驚くのか?
日本では、街の真ん中でこんな光景はなかなか見ることはない。
田舎であれば見ることも多いかもしれないが、バイクが次から次へとアヒルに突っ込んでいくことは少ないと思う。むしろ、道の真ん中にアヒルがいたら、止まる。

日本では「危険なものは排除する」「止まる」「止める」が基本。
動物が道路に出てきたら、まず交通を止める方向に考える。
一方ジャカルタでは、「危険がある前提で、みんなが調整する」という考え方が根付いているように感じる。

どちらが良い悪いではなく、リスクへの向き合い方の違いなのかもしれない。

②レストランのティッシュ、補充前は床に直置き

ある日レストランで見かけた光景。
スタッフさんがテーブル用ティッシュを補充していたのですが、補充前のティッシュの束が床に直置きされていた。

レストランの入り口から店内へ続く床の途中に、補充前のティッシュが置かれている。もちろん新品未使用。

日本人としては少しドキッとする瞬間。
これでいいの……?と始めてみた時、著者は思わず三度見。

効率重視だから?衛生観念が薄いから?
インドネシアでは作業中に一時的に置く場所として床を使うことへの抵抗感が、日本ほど強くないように感じる。もちろん床にも良く座っている。

著者の感覚としては、テーブルの上で、後でお客さんが使うものなのだからそこに置かないで…
それはやめて…
という気持ちがどうしても芽生えてしまう。

というか日本でこれをやったレストランがもしあったとしたら、ほぼ間違いなくSNSで曝されるのでは!?と心配になってしまう、そのくらい驚くべき光景。

もちろん全員がそうではないが、「後でケースに入れるものだから大丈夫」という感覚の人も多いそう。プラスチックに入っているのだから、と。
生肉の上にプラスチックの袋を置いて、肉詰め作業をした後、その袋をそのまま買い物かごに入れる店員さんもかなり多め。

逆に、なぜ日本人は気になるのか?
日本では清潔・不潔の境界線がかなり細かく設定されているように感じる。
特に口に触れるものは床から遠ざけるのが当たり前。

それは衛生面だけでなく、「お客さんがどう感じるか」という視点も強い文化だからなのかもしれない。逆に言えば、ジャカルタでは見た目の清潔感よりも、実用性や効率が優先される場面があるということなのかも。

③どこからともなく現れる駐車誘導おじさん

駐車しようとすると、いつの間にか現れるおじさん。
あなたはだれ…?と最初見たときは、首をひねってしまった。

勢いよく手を振りながら
「もっと右!もっと右!」
「止まって!もうちょっと!!」
などと誘導してくれるおじさんたち。
そして出発時には当然のようにチップを求められる。

交差点でもこんなおじさんが。
「はい、ここで止まって、こっちの道の車を流すから!はいはい」
「あー行きたいのね、はいはい」
と誘導してくれる。

インドネシアではおなじみの存在。
交差点の方では、ドライバーさんが窓から手にチップを持っていることをみせると、すかさず止めてくれたりする。渋滞で早くいきたい時なども助けてくれたりするおじさんたち。

なぜ存在するのか?
日本なら駐車場の管理会社や警備員が担う仕事ですが、インドネシアでは個人がその役割を担っているケースがあるそう。もしくはその地域のちょっとしたグループなど。

特に人手が豊富な社会では、
「機械や仕組みで解決する」よりも
「人がやればいい」
という考え方が成立しやすいのかもしれない。

なぜ日本には少ないのか?
日本では責任の所在が重視される。
もし事故が起きたら誰が責任を負うのか。
誰が雇用しているのか。
資格はあるのか。
そうしたルールが先に求められます。

一方でジャカルタでは、
「とりあえず困っているなら手伝う」
という柔軟さが先に来る場面も多い。
もちろん良し悪しはあるが、そのゆるさに助けられることも少なくない。

ジャカルタ生活が変えてくれた感覚

ジャカルタに来たばかりの頃は、床に置かれたティッシュを見るだけで気になっていました。
子どもがおもちゃを床に置いて遊んでいると、すぐに拾わせていたと思います。
でも今は、以前ほど気にならなくなりました。

もちろん家に帰ればおもちゃは拭くし、衛生面を無視しているわけでは決してない。
ただ、「床に一瞬置いたから即アウト」という感覚ではなくなっているのも事実。

例えば子どもがジムの床におもちゃを置いて遊んでいても、以前ほど神経質には止めなくなった。
人の価値観は、案外住む場所に影響されるものなのかもしれないと感じている。

そして日本へ一時帰国すると、今度は別の驚きがある。
電車は時間通りに来る。
駅も街も驚くほど清潔。
誰もがルールを守り、周囲に迷惑をかけないように行動している。

その整然さには毎回感動する。

一方で、満員電車の車内で誰とも目を合わせず静かにスマホを見つめる人たちを見ると、少しだけ無機質にも感じる。誰も会話しない、逆に人に迷惑をかけようものなら、かなり厳しい目が飛んでくるとううことも。


ジャカルタでは、良くも悪くも人との距離が近く、予想外の出来事が日常的に起こる。

日本には安心感があり、ジャカルタには人間味がある。

もちろん単純にそう言い切れるものではないが、両方を知ったからこそ見えてくる景色も。
最近では、「どちらが正しいか」よりも、「どちらにも良さがあるな」と思うようになりつつある。

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